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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)6301号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一原告と被告が、亡清と亡いね(昭和二〇年八月二五日死亡)との間の実子であること、原告が、昭和三九年三月二八日、亡いねの妹である亡松子と養子縁組をしたこと、亡清は昭和四四年八月一二日、亡松子は昭和五二年七月七日、それぞれ死亡したこと、被告が原告に対し、昭和五三年五月二四日、本件土地建物について昭和五二年七月七日原告が相続を原因としてなした所有権移転登記の更正手続を求める前件訴訟を提起したが、昭和五五年四月二三日、請求棄却の判決が言渡され、右判決が同年五月七日確定したことはいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によると、被告は前件訴訟において、亡清と亡松子は昭和二一年三月一〇日ころから、本件土地上の建物で小料理屋を共同経営し、昭和二五年ころには神前結婚式を挙げて内縁関係に入つたが、両名は昭和三九年右小料理屋経営による収益で本件土地を買い受けるとともに本件建物を新築したのであるから、本件土地建物は、登記簿上は亡松子の単独名義になつているが、実質的には両名の持分各二分の一の共有であり、従つて、原告とともに亡清の共同相続人である被告は、亡清の持分の二分の一、即ち全体の四分の一の持分を相続したと主張し、これを請求の原因として、本件土地建物についてなされた亡松子から原告に対する所有権移転登記の更生登記手続を請求したのに対し、東京地方裁判所が右請求の原因事実を認めるに足りる証拠はないとして、被告敗訴の判決をしたことが認められ<る。>

二およそ或る権利の存在を主張して訴訟を提起した者が右権利の存在を否定されて敗訴の確定判決を受けた場合、右訴訟提起につき一応故意過失の存在が事実上推定されるものというべきところ、被告は積極的に右故意過失の不存在を主張立証するので、この点について判断する。<証拠>を総合すると、亡清は昭和二〇年に妻亡いねと死別した後、他家に間借りするなどして当時まだ幼かつた原、被告を養育していたが、病身で定職もなかつたため生活は困窮し、昭和二七年ころ、遂に稼働しながら男手一つで子供を育てることは無理であると考え、当時本件土地上の建物で小料理屋を経営していた亡いねの妹である亡松子方に同居することを希望し、亡松子も当初は渋つたが、父親に説得されて結局これを承諾したこと、以来亡清は、原、被告らとともに、亡松子方の同女とは別の室に居住しながら同女経営の小料理屋の手伝いをして、同女から日常の生活費、原、被告らの学費の負担等の援助を受けていたこと、昭和三九年亡松子は、当時本件土地を所有していた訴外高木六郎から、本件土地を代金二〇〇万円で買い受けるとともに、訴外有限会社小野塚工務店に注文して本件建物を新築し、本件土地については亡松子名義で所有権移転登記手続を、本件建物については同女名義で保存登記手続を了したこと(右登記の事実については当事者間に争いがない。)、その後昭和四一年ころ、被告がまず独立して本件建物から他に転居し、続いて原告と亡清も昭和四二年ころ、本件建物から他に転居したことがそれぞれ認められる。

被告は、亡清が昭和二一年三月ころから亡松子の小料理屋の経営に参画し、昭和二五、六年ころには両名は結婚式を挙げ、以来実質上の夫婦として小料理屋を共同経営していたと主張し、<証拠>中に右主張に沿う記載ならびに供述部分もあるが、これらは前記認定の亡清らが亡松子方に同居するに至つた経緯及び<証拠>に照らして措信することはできない。もつとも<証拠>によると、原、被告は亡松子を母と呼んでいたことがあること、及び亡松子は原、被告に対して相当の情愛を抱いていたことが認められるが、他方、<証拠>によると、亡松子は世間体を考えて原、被告に母と呼ばせていたものであること、亡松子が母と死別した姪や甥である原、被告を慈しみ、時には実の母の如き情愛を示していたことが認められるので、原、被告が亡松子を母と呼んでいたことがあること、亡松子が原、被告らに相当の愛情をもつていたことから、直ちに亡清及び亡松子が実質的な夫婦として小料理屋を共同経営していたとまで認めることはできず、他に前記認定を覆す証拠はない。してみると、本件土地建物はあくまで亡松子が自己の資金で取得した同女の固有財産に属するものと認めざるを得ない。

しかして、被告は前認定のような亡松子と亡清及びその家族の生活状況を、その一員としてつぶさに見分してきたものであるのみならず、<証拠>によると、被告は、亡松子方から被告や亡清と原告が転居する際はもちろん、昭和四四年に亡清が死亡した際も、またその後も、亡松子或いは原告に対し、本件土地建物に亡清の持分があるなどと主張したことはなかつたのに、亡清死亡後九年近く経過した前件訴訟提起直前になつて、突如、亡清から相続したとして自己の権利を初めて主張するようになつたことが認められ、また本件全証拠によるも、被告自身の認識はともかくとして、前件訴訟提起当時、事実亡清に本件土地建物の共有持分権があつたと推認されるようは確実かつ客観的な資料、例えば亡清と亡松子の結婚式のあつたことを証明する神社発行の証明書などが存在したことは窺われない。

以上の各事実を総合するならば、真実被告が亡清に本件土地建物の持分があると信じていたのかどうか疑わしく、仮に被告が提訴当時亡清に持分があると考えていたとしても、それは半信半疑の漠然とした判断に留まつていたもので、そのように考えるについて、客観的、合理的根拠は存在しなかつたものというべきであり、それにもかかわらず、安易に前件訴訟を提起した被告の行為は、原告に対する関係で、過失に基づく不法行為を構成するものというべきである。

なお被告は、提訴前に原告に対し資料の閲覧を求めたのに、原告がこれを拒否したことを無過失の一事情として主張するが、証拠上これを認めることはできないのみならず、仮にそうであつたとしても、原告に右要求に協力すべき義務はなく、むしろ、被告としては、自己の手持ち証拠の不充分さを、自覚して提訴を思い留まるべきであつたというのほかはない。

三次に、被告が前件訴訟のための保全処分として、昭和五三年六月、原告を債務者とし、亡清から相続により取得した共有持分権があるとし、これを被保全権利として、本件土地建物の譲渡禁止の仮処分を申請し、同月一六日、右仮処分決定を得てその執行をしたことは当事者間に争いがない。

ところで、被告に被保全権利が存在せず、かつ本件仮処分当時、被保全権利が存在すると被告が信じるに足りる相当な理由があつたと認められないことは、前叙のとおりであるから、本件仮処分は被告の原告に対する過失に基づく不法行為にあたるというべきである。

(小川昭二郎 山下満 佐藤明)

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